〓 ㈱三栄 創業者 松本 永光(まつもと ながみつ) プロフィール 〓


昭和6年(1931) 愛媛県(えひめけん)松山市(まつやまし)生まれ。


昭和28年(1953) 松山商科(しょうか)大学(現・松山大学)経営学科卒業後、大阪の外車販売会社に就職。


昭和38年(1963) 松山市で三栄商会(さんえいしょうかい)(現・㈱三栄)を創立。気泡浴装置製造販売・酵素入浴剤(こうそにゅうよくざい)販売の他、自動車会社での経験から合鍵(あいかぎ)製作や車輌への()り文字工作等を生業(なりわい)としていました。三栄・昭和42年


酵素入浴剤を販売しながらも、何かもっと最適なものはないかと考えていたある日、新聞に『従来の塩田(えんでん)が廃止さ
れ、イオン交換膜透析(こうかんまくとうせき)法になった。これはニガリのない塩で、海水中の酵素を捨てるからだめだ』という、香川県の西本 友康(にしもと ともやす)氏(自然塩の先覚者・明治13年(1910)昭和55年(1980))の小さな囲み記事を見つけ、興味を持ちました。


その後、西本氏に直接会って『塩が大変なことになっている。日本では昭和46年から大量生産の製塩方法としてイ

オン交換膜透析法に切り替え、これまでの塩田をなくして化学工業製塩にしてしまった。食塩というのは、こういう化

学的なものよりも適度なニガリのある自然塩のほうが体にあっている。このままでは日本民族が危ない。』など、いろいろな話を聞き共感。そのうちに、松山市の正食養生法指導者・菅本(すがもと) フジ子さん(日本自然塩普及会(にほんしぜんえんふきゅうかい)会長・大正8年(1919)平成10年(1998))を紹介されました。
菅本さんを中心として有志らと供に当時の大蔵省・専売公社を相手に自然塩(しぜんえん)存続運動(そんぞくうんどう)を提唱・発起、全国の人々に呼びかけて5万人の署名を集め陳情、昭和48年(1973) 特殊用塩(とくしゅようえん)という名で許可が()り、伯方塩業(はかたえんぎょう)㈱設立。“伯方(はかた)の塩誕生
取締役専務・代表取締役社長を歴任。
伯方(はかた)の塩”を普及すべく自らは全国を駆け(めぐ)り、㈱三栄で販売補完業務を行いました。


昭和62年(1987)頃 自然塩浴(えんよく)法について北海道の湯浅 寛(ゆあさ ひろし)医師(大正4年(1915)平成21年(2009))より教えを受け、実践・体験・研究を繰り返し、より多くの人々に塩浴(えんよく)の素晴らしさを伝えるべく、平成5年(1993)、長年の見聞・吹聴を書籍『塩浴革命(えんよくかくめい)』に(まと)めました。


日本青年会議所(JC)に所属し、その人脈は国内外で幅広く、豊富な知識と経験から味覚の感性を磨き、1988年には
フランス・ブルゴーニュワインの騎士団よりCHEVALER DU TASTVAN(シュヴァリエ ドゥ タートヴァン)(ワインの騎士)の称号を贈られました。

また、元・均整法(きんせいほう)(手技療法)学会 相談役でもありました。


著書:塩屋(しおや)さんが()いた(しお)(ほん)(三水社)
    塩浴革命(えんよくかくめい)(日本自然塩普及会・㈱三栄)
    自然塩浴読本(しぜんえんよくどくほん)(三五館)



平成13年(2001) 全身全霊を“伯方の塩”の普及に捧げ、生まれ育った松山で、その生涯を終えました。松本 永光

 

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